5.7.29

 

  たくさん悩んだ末に答えを出して、大きく変化した。出した答えが正しいのかどうか、今はまだ分からない。自分の事で精一杯なのに、そこに人の事が絡むと本当に分からなくなってくる。結局、物事を自分の裁量の内で完結出来るということが、どれほど楽だったか思い知らされた。

 些細な事で小さな不満を抱えて、いつしかそれが大きくなって、自分でも制御しきれなくなったら。それが怖い。私はできた人間ではないので、心に巣食うものが表面化しなければいいなと思う。 優先されるはそれぞれの意志や想いだとして、果たして、全てに等しく配慮出来るのか。無理だ。結局はお互い自分のそれが最優先になる。だから、切り分けて切り分けて、互いの許容可能な範囲で妥協点を探すわけだけども、その落とし所にも腑が落ちないと、いよいよややこしい。この状況はまるで鏡だ。今まで自分が他人に問いかけた質問を、今、まさに相手から浴びせられている。お前も俺の大切なものを俺と同じくらい大切にしてくれるよな?ってな具合に。限度がある。100%同じは不可能だ。なのに、それを求められ、出来ないなら、せめて理解・同調しろと求められる。こういう気持ちだったんだな。

 盲目的に居られたら楽だろうなと思う。主たる者を自分以外に置けるなら悩むことなど無い。それは推し活みたいなものだと思う。自分以外の人との生活はそうではない。なら何故、一緒に居るのか。多分、これからの人生で答えを見つける事になるんだろうな。私が今のままでは見つからないかもな。好きという感情だけでは越えられないものもある。このままいって、全てに見放されて、最後は独りってこともある。まぁその時は自分を恨む。そうならないように生きたいが。